同志社中学校
合格-2017年度
ホテルで働く人になって、外国から来た人に、日本の文化のすばらしさを伝えることです。
この志を立てたのは小学三年生のときでした。私がホテルに宿泊したとき、やさしくていねいに接してくださったことが私の夢になったきっかけです。この志を果たすために、これまで日本の文化を知るために社会の日本の歴史を特に力を入れて勉強しました。これからは、外国人とコミュニケーションするので、特に英語や世界の国々の文化、マナーなどを学びたいです。
夢への出発地点
私が成基学園に入塾したのは小学三年生の時で、中学受験コースに入ったのは小学四年生のときでした。みんな真剣に勉強に取り組んでいて落ち着いているという印象でした。
四年生のときは、授業を受け宿題を提出日までにきちんとするくせをつけました。この習慣は六年生になっても続いたので良かったと思います。
私の第一志望校合格へのカギとなったのは五年生のときです。六年生になると授業の時間や日数が多くなる上に、宿題の量も増えると聞いていたので、まだ時間に余ゆうがある五年生のうちに習ったことすべてを理解しようと思いました。分からないところは各教科の先生に質問したり、授業の復習をしたり、テストでまちがえたところは分かるまで解き直したりしました。そのおかげで六年生になると周りの人より余ゆうを持って過ごすことができました。
私の第一志望校はこのころからずっと、同志社中学校でした。この学校では英語教育に力をそそいでいて、学校見学では「きれいですべての人が楽しそうだな。」と思いました。このころは第二志望校以下はまだ決めていませんでした。
六年生になると、五年生の時に言われていた通り、宿題の量が増えました。宿題を終わらすだけで精一杯なのにそれから〈日曜練成講座〉と〈日曜進学教室(日進)〉が始まりました。〈日進〉ではほぼ毎週四教科のテストを受け、自分の偏差値をチェックし、分からない問題はその日のうちに解説があり、理解できるのでとても役に立ちました。また第一回から第十回、共通回では総合百位以内に、〈日進〉の〈チャレンジコース〉では総合二十位以内に入るという目標を決めて毎回がんばりました。その中でも一度総合十位以内に入ったので、成基からプレゼントのふせんをもらいました。総合の結果は安定していましたが、国語はどの教科よりも結果が悪く、いつも足をひっぱっていました。宿題をしっかりやっても〈日進〉の直しをやっても、あまり成績がのびなかったので、いつも他の教科でがんばっていました。
私は〈夏期学習合宿〉では六組でした。上から二番目のクラスで、最難関校を受ける人たちと同じクラスでした。六組ではほとんどの人が〈最難関志望校別特訓〉に行っていて自分より頭がいい人ばかりでした。でもせっかくなので六組でがんばることにしました。授業の内容もかなり難しく解ける問題が少なかったのでとまどいましたが、真剣に取り組み最後まで投げ出さずに楽しく過ごすことができました。
同志社中合格に自信を持てた出来事があります。それは〈同志社中オープン模擬テスト〉です。すべてが高得点で、算数は一問しかまちがいがありませんでした。そして総合順位は、三位でした。上に二人もいるのは少しくやしかったけれど、今までにとったことのない順位だったのでうれしかったです。
はじめに私が受験した学校は香川誠陵中学校です。試験の雰囲気や緊張感に慣れるために受験すると決めたのに、全く緊張しませんでした。
そしていよいよ始まった同志社中の試験。前受験と同様、全く緊張せず「入試」という感じがありませんでした。だから、普段過去問を解いているという感じで問題を解きました。結果は二日後に郵送されてきて入試とはちがい、結果を見るのはとても緊張しました。中を開けてみると「合格」でした。「良かったね」と母に言われ、うれしい気持ちでいっぱいになり、家族みんなで喜びあいました。
その他に帝塚山中学校、立命館宇治中学校、四日目に同志社国際中学校を受けました。特に同志社国際中は、受験者数が募集人数よりとても多く、合格できるかとても心配になりました。でも五つの中学校を受験した内、五つとも合格することができたので、とてもうれしかったです。
私が五つすべての中学校に合格できたのは、五年生の時に、六年生の基本となる授業を受け、宿題・復習をしっかりとしたからだと思います。
私が一番感謝しているのは両親です。特にお母さんは、どんな時でもお弁当を作ってくれたり、駅まで送り迎えをしてくれたりしました。両親以外に感謝したい人は先生方です。入試直前は夜遅くまで勉強を教えていただきました。これまで支えてきてくれた、両親や先生方、今まで本当にありがとうございました。
これからは英語をしっかりと勉強したいです。そして英語を話せるようになり、一歩一歩、志に向かって進んでいきたいです。