京都市立西京高等学校
(エンタープライジング科)
合格-2013年度
「受験」が教えてくれた
私の将来の夢は、薬剤師になって薬の開発をすることである。また、世界中の薬不足の国に薬を提供して、たくさんの人を助けることができるようになりたい。
きっかけは一本の映画だった。ある地方の病院で働いている医者に、大学病院から声がかかる。しかし、その医者は大学病院では診てもらえないような、死を前にした患者のために働きたい、と思い悩んでいた。そんなときに、彼を助けてくれたガン患者を幸せにするという物語であった。
私はこの映画に感動し、
「私も人を助けたり、幸せにできるようになりたい。」
と思ったのだ。私は見えないところで、人々を支えられるような人になりたいと日々心がけているので、医者を支えている薬剤師になろうと思ったのである。
この夢は、今まではっきりと人に言えなかったが、今回の受験を経て、自信を持って言えるようになった。
私は、小学四年生の春に成基学園に通い始めた。そして、六年生のとき、京都市立 西京高等学校附属中学校を受験した。ほとんど勉強していなかったので、結果は不合格。「受験」というものを甘く見ていたのかもしれないと、今になって思う。
地元の中学校に入学した私は、引き続き成基学園に通い続けた。小学校の頃から通っていたので、成績はまあまあ良かった。
しかし、二年生になると、部活動の顧問の先生が代わり、毎日の稽古が厳しくなった。いつの間にか、勉強との両立ができなくなっていた。もちろん、成績は急降下していた。だが、何もできないまま三年生になってしまっていた。部活動は引退までのラストスパートでより厳しくなり、成績は下がる一方。そして五月、K先生から授業後呼ばれ、
「クラス、落ちるか?」
初めて、悔しいと思った瞬間だった。
「落ちたくない!」
普段なら諦めているのに、なぜかこの気持ちでいっぱいだった。そんな私を見てK先生は、
「次のテストまで待つから、ちゃんと成績取りや。」
と、おっしゃってくださったのだ。
私は、そのチャンスを最後だと思って、部活動の合間をぬって勉強した。だが、基準点まで達することはできなかった。
「クラス、落ちるよね……。」
覚悟はしていた。下のクラスに落ちたら、また上がれるようにがんばろう……。
しかし、K先生は何も言わなかった。K先生に聞いてみると、
「今はクラブが忙しいのは知っているし、最低限のことはしときや。」
と言われただけだった。
「これが、本当の最後のチャンスだ。」
私は部活動を引退してから、周りに追いつけるように必死で勉強した。
私を変えてくれたのは「夏期合宿」だと思う。私は、二つの会場のうちの下位の京都会場。クラスは成績の良い方からA・B・C……と構成されていて、私は二番目のB組だった。
合宿の初日、ある先生がおっしゃった。
「あなたは上位の石川会場でもなく、A組でもなく、B組なのです。」
私はこの言葉を聞いて、最初は見下された感じがして腹を立て、見返してやろうと授業に集中した。ところが、最後にその先生は、
「B組、卒業おめでとう。」
とおっしゃってくださった。私はこの言葉のおかげで、自分の限界に挑戦し乗り越えることができ、自分に自信が持てた。
秋になると「日曜進学教室(日進)」が始まり、あっという間に終わっていた。毎回、どの先生も、
「復習は必ずやりなさい。」
とおっしゃっていたので、覚えるまでやり直した。「日進」を通して、復習の大切さを学んだ。
入試前には「正月特訓」、「直前特訓」があった。志望校別に分かれていて、毎週行われていたので最後の調整をすることができた。
そして二月二十日。担任の先生から合格通知をもらい、笑顔でいっぱいになった。
「努力が報われたんだ!」
私は受験を通して、努力することの大切さを学んだ。そして、厳しく優しいK先生をはじめとする先生方、いつも励ましてくれた友だち、塾に通わせてくれた家族など、たくさんの人に支えられていることを改めて知った。私の合格は、周りの人の支えでできたものだと思う。
高校では、たくさんのことを経験して、次は自分が支えることのできる人になりたい。
本当に、ありがとうございました。