京都市立西京高等学校
(エンタープライジング科)
合格-2016年度
努力は報われる
僕は、この高校受験を経験して、数学が自分の得意教科だということに気付いた。だから、数学を活かして、耐震性や安全性に考慮した設計をする建築士になって、身体の不自由な方たちでも生活がしやすい家をつくっていきたいと思う。そのために、京都市立
西京高等学校に入って、数学をより得意にできるよう努力したい。
この中学三年間を通して、一つわかったことがある。それは、「努力は報われる」ということだ。これは、日常のどのような面においても言えることだと思う。
僕は中学受験で残念な結果に終わってしまい、高校受験に向けて再スタートを切ることになった。だが、三年後の入試に向けて、一年生の頃から準備することは気が遠い話で、三年生までは、ひたすら部活に励み、勉強は宿題しかしていなかった。宿題と言っても、そんなに多いものではなく、できていないまま、ほったらかしていることも多々あった。僕は三年生になっても、このままで何とかなるだろうと思っていた。しかし、この甘い考えは決して通用するものではなかった。
三年生の授業が始まって、周りの友だちが違って見えてきた。まるで、自分だけが取り残されているかのように。このままではいけないと思い、しっかりと勉強に取り組むことを決意した。まず、宿題が出せていないことがあったので、そこから改善していった。また、復習にも取り組むようにした。少しずつではあるが、自分が周りについていけていると感じ始めた。その成果が出たのか、夏休みまでに行われた二回の〈Vもし〉では好成績が残せた。そして、この成績が僕を〈夏期合宿(合宿)〉で奈良会場の三組にしてくれた。
〈合宿〉では、周りがほとんど知らない人で、その勉強のスケジュールも考えられないほど過酷だった。それに加えて、三組のレベルの授業についていくのは本当にしんどかった。でも、この〈合宿〉が自分を変えてくれたと今、改めて感じる。授業後にしっかり復習する習慣がつき、勉強スタイルの確立ができた。
夏休みが終わり、ここからスパートをかけていこうとしたが、そうはいかなかった。僕は陸上部で、大会が十月まで続くという厳しい現実があった。だから、実質他の人よりも負担が大きかった。
そんな中、九月から〈日曜進学教室〉、いわゆる〈日進〉が始まった。〈日進〉は、どの教科も難問がそろっており、そう簡単に点数が取れないと聞いていた。しかし意外にも、第一回《ベーシックコース》で三十五位を取ることができて驚きを隠せなかった。結局、《ベーシックコース》での結果が良かったので、何とか《ウルトラコース》に入ることができた。ただ、部活の練習がまだあったので、しっかり復習する時間がとれなかった。そのせいもあり、《ウルトラコース》での結果は決して良いとは言えなかった。問題が非常に難しく、思うように点をとることができなかった。特に、得意の数学でさえも点が思うようにとれないのは、とてもショックだった。だからこそ、今まで以上に復習した。自分のミスしたところをまとめたノートや解説を読みこむなど、できることを必死に努力した。
そんなとき、僕には一つ悩みがあった。それは志望校についてだ。それまでは、別の高校に行こうとしていた。しかし十一月になり、陸上部がとても強い西京高校に行きたいと思い始めたのだ。そこで、R先生や家族に相談した結果、西京高校を受けることに決めた。やはり、自分のしたいことが実現できる学校を選ぶことが大事だ。
そして一月を迎え、〈正月特訓〉が始まった。周りについていくのに必死だったが、一組だということが少し励みになった。続く〈直前特訓〉も何とか終えて、ついに入試が始まる。
滋賀の私立は、難なくクリアして見事合格だった。次に、一番心配していたチャレンジ校である洛南高等学校を受験した。入試当日の開門前、友だちと励まし合い、緊張をほぐして万全の状態で挑んだ。結果は合格だった。そのときの喜びは、今でも忘れることはない。続いて立命館高等学校も合格し、残すは本命だけとなった。今までやってきた全ての力を出し切り、ついに西京高校の合格を勝ち取ることができた。
自分で立てた目標をしっかりと成し遂げることは、決して簡単ではない。ときには、苦しいことや辛いこともたくさんあるにちがいない。僕も陸上部に入部した当初は、良い結果が残せなかった。でも、あきらめずに努力し続けた結果、決勝にも出られるようになった。勉強でも同じことが言えるだろう。T先生が授業でこんなことをおっしゃっていた。「冬来たりなば、春遠からじ」と。どんなに辛くても、いつか必ず幸せが来るという意味だ。
僕は、この言葉を胸に、これからも目標に向かって努力をし続けていきたい。
最後にお世話になった先生、五年間成基学園に通わせてくれた家族へ。今まで本当にありがとう。