滋賀県立膳所高等学校(普通科)
合格-2017年度
多言語を使い分け、日本の社会をよりグローバルにすることです。
語が得意な私は、言葉を学ぶにつれて言葉に対しておもしろさを感じるようになりました。「他の言語にはどのようなきまりがあるのだろう」、「言語の壁を越えて世界中の人々と会話できたら、どんなに楽しいだろう」。そう考えた私は、それを仕事にすることを志として決めました。言葉や文化、習慣などにとらわれずに、世界が一体となる日が必ず来ると私は考えています。
リベンジマッチ
私たちの学年は、にぎやかすぎる三年間を過ごしたと思う。その活気が行き過ぎて叱られることもあったが、このクラスでしか学べなかったこともそれ以上にあった。
私たちは、それぞれが自分の武器となる教科を持っていた。そのことが、私たちの学びをより高めたと考える。苦手な教科をお互いにカバーしあいながら、純粋に「学びを楽しむ」ことができた。私たちは堅田教室が始まって以来、最もうるさかった学年だという自覚があるが、それ以上に最も学び合った学年でもあると思う。
三年生になると、オプション講座や模試が急激に増えた。〈夏期学習合宿〉で、自分よりもはるか上位の人たちと共に学ぶことや、〈日曜進学教室〉で入試さながらのハイレベルな問題に取り組むことは非常に刺激となった(しかも目に見えて自分の立ち位置がつきつけられる。あれは恐ろしい……)。武器としていた英語は常に上位をキープできるように努めたし、それが自信に繋がったとも思う。とはいえ、回によってはひどい点数をとることもあった。それでも大きく自信を失わなかったのは、それまでにしっかり学んできたという自負と、持ち前のポジティブシンキングの賜物だろう。
受験直前になっても、緊張感による妙なぎこちなさなどがクラスに生まれることはなかった。それが良いことか悪いことかはわからないが、それが続けてきた学びによって築き上げられた自信であることは確かだった。
第一志望校の他に、併願校として私は東大寺学園高等学校を受験することを決めた。それは自分の中でより高い目標を一つ定めて、第一志望校合格を確実なものにしたいという思いと、M先生と約束した「リッチな選択肢」を確保するためでもあった。受験校の中で東大寺高の日程が最初だったため、正直なところ不安な気持ちがあった。受験当日に座席に着くまで、その不安は続いたが、開始の合図で問題用紙をめくった瞬間にむしろ安心したのを覚えている。同じ過ちを繰り返すまいと、早くから過去問演習に取り組んでいた私には、その問題は何ら目新しいものではなかった。
「良かった、見慣れた問題だ」
落ち着いた気持ちで、すべての教科を解ききることができた。発表は二日後にインターネットで行われることになっていたが、その日は第一志望校である膳所高等学校 特色選抜入試の日でもあった。
特色選抜入試の問題は、数学分野でありながら国語力が必要になるなど、特殊なものが多い。過去問をやり始めたときは、解答の作り方がわからずに安定して得点できなかったため、対策講座を通して自分の考えを文字におこす練習を繰り返し行っていた。
東大寺高の受験を通して会場の雰囲気などを肌で感じたことで、恐怖心や緊張を振り払い、私は胸を張って膳所高の試験に臨んだ。いずれの教科においても練習通りを意識して解答するようにしたが、特に小論文では自分の意見について納得のいく文章を作ることができた。
結果として、私はすべての受験校に合格することができた。それぞれの受験校の合格発表において、三年前の疑問の答が見つかった。喜びや悲しみは努力したものにだけ与えられるものだったのである。それと同時に、この結果について自分のことのように喜んでくれる先生や両親、友人を見たとき、この受験という闘いは、もはや自分だけのものではなかったのだと気づいた。さまざまな人に支えられ、助け合い、掴んだ勝利だった。
後輩に伝えたいのは、「武器を持て」ということだけだ。これだけは誰にだって負けない、という自分の武器となる教科を一つ持つことは、自分の学びをより良いものにするに違いない。
私の将来の夢は、多言語を使い分けて、日本の社会をよりグローバルなものにできる人間になることだ。自分になら成し得る志だと信じている。なぜなら、それが自分の武器なのだから。
2022年度 - 合格体験記
名前 | タイトル | 所属の教室 |
---|---|---|
髙井 佳音さん | 守山教室 |
2013年度 - 合格体験記
名前 | タイトル | 所属の教室 |
---|---|---|
O・Kさん | 南草津教室 | |
K・Nさん | 草津教室 | |
S・Kさん | エスト | |
T・Rさん | 堅田教室 | |
T・Sさん | 大津京教室 | |
H・Rさん | 大津教室 | |
M・Rさん | 守山教室 |