滋賀県立守山中学校
合格-2016年度
天国にいるおじいちゃん、受かったよ!
わたしの将来の夢は、医師や薬剤師などの医療関係で人の役に立てる仕事につくことです。
理由は二つあります。
一つ目は、高齢化社会になっていく日本で、誰もが健康で長生きできるようにサポートしたいと考えているからです。
二つ目は、入院している祖父にあたたかい言葉をかけながら、心をこめて関わってくださった医療関係の方の姿を見てきたからです。
私が成基学園に入塾したのは、五年生の九月ごろです。初めは、先生の授業がおもしろくて楽しんで行っていました。正直、受験というより、塾に行ってみたいと思っていた気持ちの方が強かったように思います。
私が滋賀県立 守山中学校を受検しようと決めたのは、五年生の一月ごろです。目標を決めた方が勉強もがんばれると思ったからです。受験する中学校を県立守山中にした理由は、中高一貫校なので、中学生のうちからお手本となる高校生の姿を見ることができるからです。そして、学校説明会に行って、中学生と高校生でする学園祭があることを知り、ますます県立守山中に行きたくなりました。
六年生になり、塾の授業時間や宿題の量が増えてきました。そのなかでも、出された宿題はきちんと提出し、わかりにくい単元は参考書で復習するなど、自分なりにがんばっていました。
しかし、六月になっても、七月になっても、夏休みになっても、結果が出ませんでした。〈滋賀県立中対策模試〉でも、合格の可能性はいつもC判定でした。中学受験をしない人が遊んでいて、自分はがんばっているのに、成績が伸びなくて悔しかったです。
そして、中学受験をやめたいなと思うこともありました。しかし、私の負けず嫌いな性格がだまっているはずはなく、ここでやめたら終わり、勉強を続けようと思いました。
そして、がんばって勉強を続け、九月の〈県中対策土曜特訓〉が始まったころから成績が良くなってきました。十二月ごろには、〈県中対策土曜特訓〉で総合で三位がとれて、自分の学力に自信を持てるようになってきました。
しかし、ここでまた、私に辛いことが起こります。十二月に急激に祖父の容態が悪化したのです。
祖父は九月ごろから入院していたので、〈県中対策土曜特訓〉の後に、よく電車でお見舞いに行っていました。祖父にも会いたかったし、勉強もしたかったので、電車の中や祖父の寝ているときに勉強をしていました。
そして、十二月三十日に祖父は亡くなりました。最後の追いこみ時期ではありましたが、祖父の具合が急変してからは、全然勉強をする時間が取れませんでした。落ちても絶対に祖父のせいにしないぞという気持ちでいました。だから、すき間の時間に悔いのないよう勉強をしました。
そしてむかえた、県立守山中の入試、一月九日。祖父が亡くなって十日後の試験。いつも通り六時半ごろに起き、復習をしました。祖父に手を合わせて行きました。優しかった祖父が守ってくれる気がしました。入試会場に入ると、やっぱり緊張してしまいました。しかし、自分のこれまでのがんばりを思い出して、自分を安心させて試験にむかいました。
そして一月十六日、結果発表の日がやってきました。ソワソワ、ソワソワして、落ち着きませんでした。結果発表を父と見に行きました。自分の受検番号、五十一の数字を見たときは、うれし涙がこみ上げてきました。生まれて初めて流した、うれし涙でした。
この合格は、自分だけで手にすることができたものではないと思っています。塾の送り迎えをしてくれた父、母、祖父、祖母。勉強を教えていただき、励ましていただいた学校や塾の先生に感謝したいです。
今、がんばって受験勉強をしているみなさんへ。
成績が伸びなやむことがあったとき、勉強をやめてしまうのか、それをバネに勉強をがんばるのかが境目です。絶対に努力は人を裏切りません。
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名前 | タイトル | 所属の教室 |
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名前 | タイトル | 所属の教室 |
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