滋賀県立
東大津高等学校(普通科)
合格-2017年度
誰かの役に立つものをつくり、使った人に喜んでもらうことです。
僕が小学校六年生のとき、父が家の蛇口を手動から自動にしてくれました。はじめて、家で自動の蛇口を使ったとき、とても便利だと感じました。僕も父のように暮らしに役立つものをつくって、誰もが便利で快適な生活を送れるサポートをしたいです。
合格に向かって
僕の将来の夢は誰かの役に立つものをつくり、それを使った人に喜んでもらうことです。小さい頃から、ものづくりには興味があり、つくるということが好きでした。しかし、興味があるといっても、本格的にはしたことがありません。今まではただ楽しむためだけにしていたことで、人に喜んでもらえたら幸せだと思います。
僕が滋賀県立 東大津高等学校を知ったのは、パンフレットを見ていたときでした。家からとても近いと知り、便利だなと思って目標にしました。最初は簡単な理由で目指しましたが、後からしっかり勉強しないといけない高校だと知りました。
そこで、僕は成基学園に入ろうと思いました。兄がもともと入っていた塾なので、あまり嫌な気持ちはなく、気軽な気持ちで入りました。授業では、先生が一人ひとりをよく見てくださり、定期テストの点数も伸びていきました。特に教室長だったM先生は、理科を分かりやすく丁寧に教えてくださり、そのおかげで理科は得意教科です。時には厳しくてやめたいと思うこともありましたが、ここでなら東大津高に合格できると思って通い続けました。
しかし、中学二年生の秋頃、工業系の高校に行き就職したいという気持ちがでてきました。中学二年生にもなると家の近さだけで高校を決めてよいのか不安になり、それなら工業高校に行くのも一つの手段だと思いはじめました。そして成基学園のO先生に伝えると、「あなたなら塾をやめても、この工業高校なら入れる。」と言われました。それでは、僕は今まで何のために勉強してきたのだろう、せっかくがんばってきたことが無意味だったのかと感じ、塾をやめるべきかと悩むことになりました。
そして、とうとう中学二年生の二月に塾を続けるのか、続けないのかを決心するときがきました。僕は面談室でとても悩みました。その結果、僕は塾に残って、東大津高を目指すことに決めました。東大津高は勉強の環境が整っているし、やっぱりチャレンジしようと思いました。
そして中学三年生になりました。一学期の間は、部活動もあり、二年生の頃とあまり変わらず、勉強量は増えませんでした。受験生という意識もまだあまりありませんでした。
そんな僕に大きな変化が訪れます。そのきっかけは、〈夏期学習合宿(合宿)〉でした。はじめは気軽な気持ちで行きました。しかし、そこは勉強しかしない場であり、長時間の勉強になれていない僕には、地獄のようでした。そして〈合宿〉の後、塾の自習室での勉強に以前より集中できるようになっていることに気づいたのです。今思えば、〈合宿〉で長時間の勉強を経験したことが、自習での集中力をつけてくれたのでしょう。これは大きな進歩で、合格できた一つの理由だと思います。
秋にもなると本格的に勉強をはじめ、分からないところはすぐに先生に聞くようになりました。〈日曜特訓講座(日特)〉にも通い、テストを受け、復習をがんばりました。自習では、赤本を中心に実践的な問題を解き、できない問題を減らしていきました。学校のテストの点数も上がり、内申点も十分にとれました。
しかし、一つの問題がでてきました。それは、社会の点が全然伸びないことです。社会を毎日のように勉強していても、〈日特〉や模試の社会の点数だけ上がりませんでした。だから、僕は特色入試で受かろうと決めました。過去問に多く取り組み、〈特色対策講座〉もとり、しっかり勉強しました。気持ちの面でも、「東大津高校に受けに行く。」のではなく「東大津高校に受かりに行く。」という気持ちでした。
そして、入試当日を迎えました。特に緊張せず、いつも通り受けることができました。その分、合格発表の日はとても緊張しました。「合格」と先生に言われたとき、合格できた喜びと四月から行くところが決まった安心でいっぱいになりました。
これから受験生になるみなさん。多大なプレッシャーがかかってきますが、早め早めに勉強しましょう。特に秋以降は〈日特〉や赤本の復習を必ずしましょう。それが合格につながります。そして、分からないところをそのままにしないで、先生に聞くなどして、必ず解決してください。
今まで僕を応援してくださった家族、成基学園の先生方、ありがとうございました。これからも目標に向かってがんばります。
2015年度 - 合格体験記
名前 | タイトル | 所属の教室 |
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M・Nさん | 南草津 |